めがねのまちから、世界の顔へ。

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Brand history #02

Ginza

銀座への出店

日本の一等地、
東京 銀座への進出。

1984年の創業から、初の自社ブランドであるJAPONISMコレクションのスタート、東京銀座への直営店のオープン、そして2017年に鯖江に生まれた本拠地ボストンクラブビルディングの開設。ボストンクラブの歴史を振り返る上で、大きなターニングポイントとなった3つの出来事を中心に過去と未来を綴ります。

History 02は、銀座の直営店「GLOSS GINZA」のオープンにまつわるヒストリー。日本で最も価値が高いとされる街に、なぜボストンクラブがお店を出すことになったのか。そこには将来を見越した考えがありました。

Section 01

銀座に出す決断

バブル崩壊後、多くの眼鏡メーカーが後退しましたが、ボストンクラブは自社ブランド「JAPONISM」の躍進もあって順調に成長を続けていました。1998年には2つ目のブランドとなる「BCPC(ベセペセ)」をリリース。少しずつですが、確実にボストンクラブの名が世の中に知られてきました。そんな折の2002年、初の直営店舗となる「GLOSS AOYAMA」を東京南青山にオープン。そして2009年には東京銀座に進出し、直営店「GLOSS GINZA」が誕生しました。

世界でも名だたるブランドが軒を連ねます。当然、地価も日本一です。しかし、ここにお店を出す判断を、小松原はすぐに決めました。「チャンスが来てから、すぐでしたね。敷金礼金、家賃も言い値で決めました。借りたい人はいっぱいいるから、こちらから本気の熱を見せないと。申し込んでから、半年はかかったかな。南青山の次は銀座と決めていたんです。たとえ高くても、会社のブランドを高めるためには絶対に必要だった」

Section 02

最高の商品をつくり続けるために

会社のブランドを高めたい。小松原の決断の背景には、いい商品を適正な値段で売りたいという念願がありました。日本最高の眼鏡産地である鯖江で、腕のいい職人が丁寧に作れば最高の品質のものができる。しかしコストはどうしても上がります。だからといって、安価で平凡な眼鏡を作る気はありませんでした。ボストンクラブの価値を認めてくれる顧客の存在が、企業の成長はもちろん、眼鏡の品質を保持するためにも必要不可欠だったのです。

銀座は一流の街。みんな一流品を求めて来る。ここに訪れるお客さまなら、必ずボストンクラブの眼鏡の価値も分かってくれるはずだ。小松原は、GLOSS GINZA の順調な滑り出しとともに報われました。また、銀座にお店を出した影響は社内にも波及。自分たちの眼鏡が銀座に並んでいるという事実が、デザイナーをはじめ、社員全員の意識をあげました。2013年にGLOSS AOYAMA を統合。GLOSS GINZA は、現在においても、名実ともにボストンクラブの旗艦店です。